東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)93号 判決
一 請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
1 本件意匠の要旨(各単位体の正面側の両隅をわずかに隅取したものであるとした認定部分を除く。)、引用意匠の態様、両意匠の共通点及び差異点が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。
右事実と成立に争いのない甲第二、第三号証によれば、本件意匠と引用意匠とはともに、箱状杆体の単位体を伸縮自在に嵌挿連結した計測用杆に係る意匠であり、各単位体は太さ(径)が異なるがそれぞれ頂部を開口した(最先端のものを除く)上下に細長い有底変形隅取角形管状(鞘状)で、その一面を正面として目盛を配した略相似形状であり、全体は複数個の前記隅取角形管状の単位体を径の大小に従い上方より順次重ね入れるようにし、計測の際にはこれを必要に応じて伸張して用いるものであり、各単位体の上端開口縁部周辺に正面中央付近を除き縁金(枠金)を配し、背面側の縁部寄りの上端中央付近に伸縮の際のストツパー用小孔を穿つており(最内側の単位体を除く)、最外側の単位体の下端縁部周辺にも縁金(枠金)を嵌着しているもので、前記各単位体の横断面は正面と背面及び左側面と右側面が双方互に平行な横長角形状で背面側の両隅を大きく隅取(隅切)した略台形状であり、目盛は横「一」文字状の横目盛表示記号を縦方向に配列して縞状を呈している点で一致することが認められる。そうすると、これら意匠の基本的構成を決定する各個の態様において、両意匠は同一の意匠的特徴を示していると認めることができる。
2 一方、前記当事者間に争いのない事実及び前掲甲第二、第三号証によれば、本件意匠と引用意匠の主要な差異点は、原告摘示の(イ)各単位体の横断面の正面側の両隅が本件意匠においては隅取になつている(その程度は後に認定する。)のに対し、引用意匠においては直角で隅取になつていない点、(ロ)目盛が本件意匠においては太い横「一」文字状でかつこれに数字記号を配しているのに対し、引用意匠においては細い横「一」文字状で数字記号がない点にあると認められる。そこで、この差異点について順次検討する。
前記認定事実及び前掲甲第二号証によれば、本件意匠の各単位体の横断面の正面側両隅の隅取は、最も大きい最下部の単位体においてすら背面側の隅取の二分の一弱であり、内部の単位体になるに従い小さくなり、最内部の単位体のそれはわずかでほぼ直角状になつているにすぎないことが認められ、更に、成立に争いのない甲第四号証の一、三ないし六によれば、各単位体の正面側の両隅の隅取のほとんどないものが本件意匠の類似意匠として登録されていることが認められる。そうとすると、差異点(イ)は各単位体の背面側を大きく隅取した両意匠の共通点に比べ看者に与える印象が微弱で、意匠上重要視されないと認めるのが相当である。したがつて、右差異点(イ)により両意匠が類似しないとする原告の主張は到底採用できない。
次に、差異点(ロ)であるが、目盛表示の記号及び数字はもともと一種の標識であることは被告主張のとおりである。そして、成立に争いのない乙第二号証(昭和三四年一一月一一日に公告された坑内用箱尺に係る実用新案公報)によれば、右公報に示された箱尺の目盛は、太い横「一」文字状の横目盛表示記号を縦方向に配列して縞状を呈し、これに数字記号を配したもので、前掲甲第二号証の本件意匠の目盛と極めて近似していることが認められるから、本件意匠の目盛はありふれた態様の目盛表示記号及び数字によつて構成されているということができる上、前掲甲第四号証の一、三ないし六並びに成立に争いのない同号証の二及び乙第一号証によれば、目盛をいずれも鍵状で表わし、それに数字を配したもの(右甲号証)及び数字のないもの(右乙号証)がともに本件意匠の類似意匠として登録されていることが認められることを考慮すると、前記差異点(ロ)も意匠上重要視されないというべきである。したがつて差異点(ロ)により両意匠が類似しないとする原告の主張も採用できない。
原告は、乙第一、第二号証は審判時に提出されなかつた証拠であるから、本件訴訟において証拠として提出するのは適当でない旨主張するが、右各書証を本件意匠の要部を把握するための資料とすることを妨げる理由はないから、原告の右主張は採用できない。
以上のとおりであるから、基本的構成を同じくする両意匠はこれを全体として観察した場合類似の美感を生じさせるものであつて、このことを妨げるに足りる両者の差異点はほかにない。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にこれを取消すべき違法の点は見当らない。
三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註その一〕 本件における当事者の主張は左のとおりである。
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、意匠に係る物品を「箱尺」とする別紙(一)(略)に記載のとおりの構成からなる登録第四〇四〇〇七号意匠(昭和四七年九月一八日出願、同五〇年四月一六日登録、以下「本件意匠」という。)の意匠権者であるところ、被告は、原告を被請求人として昭和六一年一月一七日特許庁に対し本件意匠の登録無効審判を請求した。特許庁は、これを昭和六一年審判第一一六五号事件として審理した上昭和六二年三月一九日本件意匠の登録を無効とする旨の審決をし、その謄本は同年五月九日原告に送達された。
二 審決の理由の要点
1 本件意匠の意匠に係る物品、構成及び出願、登録関係は前項のとおりである。
2 本件意匠の態様は、(1)箱状杆体の単位体を伸縮自在に嵌挿連結した計測用杆に関して創作されたもので、各単位体は太さ(径)が異なるがそれぞれ頂部を開口した(最内側のものの頂部を除く)上下に細長い有底変形隅取角形管状(鞘状)で、その一面を正面として目盛を配した略相似形状であり、全体は複数個の前記隅取角形管状の単位体を径の大小に従い上方より順次重ね入れるようにし、計測の際にはこれを必要に応じて伸張して用いるものであり、前記各単位体の横断面は正面と背面及び左側面と右側面が双方互に平行な横長角形状の背面側の両隅を大きく隅取(隅切)した略台形状とし、(2)正面側の両隅もわずかに隅取したもの(したがつて最外側の該部は隅取りが認められるが、最内側の単位体の該部には隅取が認められず略直角状であることが、平面図及び斜視図(伸長状態の各図も含む)等により認められる)であり、(3)各単位体の上端開口縁部周辺に正面中央付近を除き縁金(枠金)を配し、背面側の縁部寄りの上端中央付近に伸縮の際のストツパー用小孔を穿つており(最内側の単位体を除く)最外側の単位体の下端縁部周辺にも縁金(枠金)が嵌着されている。そして、目盛は太い横「一」文字状の横目盛表示記号を縦方向に配列して縞状を呈し、これに数字記号を配したものである。
3 これに対し、オーストラリア国特許第四〇八五三九号公報(昭和四七年二月二九日特許庁資料館受入)に記載された意匠(以下「引用意匠」という。)は意匠に係る物品を「箱尺」とし、その態様は次のとおりである。
即ち、箱状杆体の単位体を伸縮自在に嵌挿連結した計測用杆に関して創作されたもので、各単位体は太さ(径)が異なるがそれぞれ頂部を開口した(最内側のものの頂部を除く)上下に細長い有底変形隅取角形管状(鞘状)で、その一面を正面として目盛を配した略相似形状であり、全体は複数個の前記隅取角形管状の単位体を径の大小に従い上方より順次重ね入れるようにし、計測の際にはこれを必要に応じて伸張して用いるものであり、前記各単位体の横断面は正面と背面及び左側面と右側面が双方互に平行な横長角形状の背面側の両隅は大きく隅取(隅切)した略台形状、正面の両隅は略直角状としたものであり、そして各単位体の上端開口縁部周辺に正面中央付近を除き縁金(枠金)を配し、背面側の縁部寄りの上端中央付近に伸縮の際のストツパー用小孔を穿つており(最内側の単位体を除く)最外側の単位体の下端縁部周辺にも縁金(枠金)が嵌着されている。そして、目盛は細い横「一」文字状の横目盛表示記号を縦方向に配列して縞状を呈し、更に縁金を含め正面のやや内側を極めてわずかに中凹状とし、また中間単位体及び最内側の両側面又は斜状面にはランナーブロツク用機構に係る細巾の浅い略U字状の溝等を設けたものである(別紙(二)参照)。
4 両意匠を比較すると、両意匠は、意匠に係る物品が一致し、そして意匠に係る態様においても、各単位体の横断面の正面の両隅の隅取の有無及び中間単位体、内側単位体のランナーブロツク用機構にかかるU字状溝等の有無に差異があるほかは共通する。
5 そこで、これら共通点及び差異点を検討するに、箱状杆体の単位体を伸縮自在に嵌挿連結した計測用杆は、この出願以前より、いわゆる「箱尺」として観念される物品特有の態様として形式化されたものであることは顕著である。
しかし、これら各単位体を上下に細長い有底変形隅取角形管状に現わしたものは、この種物品として特色あるものと認められ本件登録意匠の基本的態様であつて、そして引用意匠もこの基本的態様において共通する。
更に、各単位体の横断面において、背面の両隅を大きく隅取し、略台形状に現わし、正面の両隅をわずかな隅取、又は略直角状とした点も、これらの具体的態様として略共通するものと認められるところである。
すなわち、前記横断面の態様について本件登録意匠のものは前記認定のとおりで、杆状の単位体をその断面の集積である立体として観察すると、正面側の両側の隅取は比較的わずかで弱く、背面側の斜状面が量的に大きく強く視認されるところであつて、したがつて、本件登録意匠は、引用意匠とはその正面隅部の差異にかかわらず、両者ともに各単位体の背面を台形状の上下に細長い有底隅取角形管状に現わしたところの基本的構成態様と具体的態様が両意匠の基調を形成するものと認められる。そして、この種物品は上下垂直にして背面側より把握して使用するものであり、なお、一般に角形状の隅部を単に小さく隅取の処理をすることは造形上の形状処理としては周知であることを合わせ考慮すれば、前記認定はさらに首肯されるところである。
その他、縁金を含む正面の凹状の有無、そして中間及び内側の単位体のランナーブロツク用機構にかかる差異等は全体としてみれば目立たず極めて微弱なもので、さらに最外側の単位体はその他の各単位体を収納する役目を持ち、収納時においてはそれのみ物品の形状を示すこと等を考慮すると前記認定は合理性があり妥当なものといえる(昭和六〇年(行ケ)第一六二号、昭和六一年五月二一日言渡判決参照)。
また、目盛表示記号の差異も太さの差異に帰す程度で、とりたてていう程のものではない。
以上のとおりであつて、両意匠は、その相違点を総合しても未だ、微弱なものであつて、前記共通点を凌駕するものといえない。この点は本件登録意匠を本意匠とする類似意匠(本訴甲第四号証の二ないし七)を参照すれば自ずから明らかで、被請求人も具体的には争わないところである。
結局、両意匠はその全体の奏する基調を共有するものといわざるを得ず、両意匠は類似する。
したがつて、本件登録意匠は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載のものと類似するものであつて、意匠法三条一項三号に該当し、意匠登録の要件を具備しないにかかわらず、登録されたものであるから、本件登録意匠の登録はこれを無効とする。
三 審決を取消すべき事由
審決の理由の要点のうち、本件意匠の要旨の認定(審決の理由の要点2、後記認定を争う部分を除く)、引用意匠の態様の認定(同3)、両意匠の共通点及び差異点の認定(同4)は認めるが、本件意匠の要旨認定中隅取角形管状の各単位体(以下単に「単位体」ともいう。)の横断面の正面側の両隅をわずかに隅取したものであるとした認定(同2の(2))、両意匠の類否の判断及び結論(同5)の部分を争う。
審決は、本件意匠の要旨の認定及び本件意匠と引用意匠との類否の判断を誤り、誤つた結論に至つたものであるから、違法として取消されるべきである。
1 各単位体の正面側の両隅は、本件意匠においては裏側の隅取の約二分の一程度の隅取にしたものであるのに対し、引用意匠においては直角で隅取になつていない。このことにより本件意匠と引用意匠とは類似しないものである。
2 本件意匠と引用意匠との相違点である目盛の相違の顕著性を看過した審決の類否判断は誤りである。
すなわち、この種物品としての「箱尺」は、審決認定のようにその横断面の基本的構成態様と具体的態様が需要者の注意をひく点ではあるが、さらに、加えて「箱尺」全体として正面に現われた目盛表示記号及び数字記号の有無、変化も強く需要者の注意をひく点であり、これを本件意匠にあてはめれば、本件意匠は目盛は太い横「一」文字状の横目盛表示記号を縦方向に配列して縞状を呈し、これに数字記号を太く大きく配したものであるのに対し、引用意匠は単に目盛は細い横「一」文字状の横目盛表示記号を縦方向に配列して縞状を呈したものであつて、両者の相違は明らかである。したがつて「目盛表示記号の差異も太さの差異に帰す程度で、とりたてていう程のものではない」とする審決の認定は誤りである。そして、この相違点をふまえて全体を観察すると、本件意匠は前記横断面の特異な形態に加えて目盛表示記号及び数字記号が強く大きな相違として看者に心象を与え、引用意匠とは全く別異の意匠として識別されるものである。
したがつて、本件意匠は引用意匠の存在にかかわらず十分な登録要件を具備するもので、この種の物品である「箱尺」としての対比における類否の判断に誤りのある審決は取消しを免れない。
被告は、目盛表示の記号、数字はもともと一種の標識であつて、いわゆる「文字」とともに意匠的価値に乏しい旨主張する。
しかしながら、「文字」はレタリングといつて社会通念上は意匠の重要な部分であり、形状の表面に現われる線図という意味では一つの模様である。意匠法では「文字」は元来意思表示のための符号であつて、それぞれ特別の意味をもつものであるからそれを登録するとその文字のもつている意味に対して独占権が設定されたような誤解を生ずるから原則として模様とみないのである。しかし、文字記号等を不可欠とする物品、例えば時計は、意匠法施行規則五条にいう物品の区分に「時計文字盤」を独立して登録の対象としていることを鑑みるに、文字は重要な意匠の構成要素というべきである。これを本件箱尺にあてはめれば、例えば測量用に使用され、目盛、文字等を判読することからして本件物品である箱尺の場合も当然に「文字」の意義は前述と同様である。よつて、文字は意匠の模様となり、文字等を含めた全体が意匠を構成するものであつて、文字は重要な意匠の要素である。してみると、前記被告の主張は誤りである。
なお、被告は乙第一、第二号証を根拠に前記主張をするが、右乙号各証はいずれも審判時に証拠として提出されなかつたものであるから、本件訴訟において証拠として提出するのは適当でない。
第三 請求の原因に対する認否、反論
一 請求の原因一、二の事実は認める。同三の主張は争う。
二 審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
1 請求の原因三1について
本件意匠の箱尺では各単位体の背面側は、その両隅を大きく隅取して斜状面を形成し横断面が略台形状をなしており、正面側の両隅はわずか隅取してある。そして、本件意匠においては、背面側の斜状面が正面側の斜状面に比較して量的に著しく大であることは需要者に一見して認識されるところであるから、背面側の両隅取が意匠構成上の特徴をなすものであつて、正面側の隅取は意匠構成上の重要部分ではない。この事実は甲第四号証の一並びに三ないし六の各類似意匠に示すように、その正面側に隅取がなく、略直角をなしているにもかかわらず、いずれも本件意匠の類似意匠として登録されていることによつても知ることができる。
一方、引用意匠も背面側の両隅を大きく隅取した形状を構成上の特徴とするものであるから、本件意匠と引用意匠は、その要部を共通にし、両者は類似するものである。従つて、正面側隅取の有無についての審決の判断には誤りはない。
2 同三2について
目盛表示の記号、数字はもともと一種の標識であつて、いわゆる「文字」と共に意匠的価値に乏しいものである。この事実は、本件意匠を本意匠とする各類似意匠を参照しても自ら明らかである。すなわち、甲第四号証の一ないし六に示す類似意匠においても目盛表示記号は横「一」文字状ではなくいずれも鍵状をなしており、更に乙第一号証に示すように類似一一号の意匠では、一〇糎目盛の数字と一糎目盛の数字が共に存しないにもかかわらず類似意匠として登録されているのである。また、本件意匠における太い横「一」文字状の横目盛表示記号は特に新しいものではなく、乙第二号証に示すように従来から一般に行われていたものである。
したがつて、「目盛表示記号の差異も太さの差異に帰す程度で、とりたてていう程のものではない」とした審決の認定は妥当である。